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旅「桜の花びら散るたびに♪―思い出すホテルがある」

30歳半ばを過ぎてから、東京への出張が多くなった。
最初のうちは、新大阪から新幹線で東京、中央線に乗り換えて
得意先へという単調な往復の繰り返しであった。
当時の中央線はオレンジ色の車体で、車内のレイアウトも大阪環状線と
同じなので、ちっとも東京へ来ているという気がしなかった。

毎週繰り返される「出張」を「旅」にしよう、東京をも少しじっくり見て
みよう。
私をそんな気にさせたホテルがあった。

フェヤーモントホテル。
皇居のお濠端にそった並木道沿いにある、小さなホテルである。
場所は千鳥が淵、お濠の向こう側は武道館。
そう聞けば、東京の人にはピンとくる都内屈指の桜の名所だ。
オーシャンビューならぬ桜ビューの部屋は、何カ月も前から予約で埋まって
しまう。
十数年の間に、ゆうに100泊はしているであろう私も、この時期には
一度しか泊ったことが無い、というか泊れなかった。

その佇まいは 都心の一流シティホテルのような威圧的なものではなく
高級ではないが安っぽくも無く、とてもつつましやかだ。
ホテルの従業員はおしなべて高齢で、流暢な英語を話す。 
ほとんどの人が一流ホテルをリタイヤした人たちだと聞いた。
落ち着きのある応対は、マニュアルではなく経験で培われたものだ。
ユーミンもこのホテルをこよなく愛した。
「経(ふ)る時」が、1階のティールーム「ブラスリー・ドゥ・ラ・ヴェルデュール」
から見た四季の風景を綴った曲であることは、後に知った。

私も、足がかりになる場所、安堵感が得られる場所を見つけた事で
東京の人、モノ、街を落ち着いた目線で見ることができるようになった。

2002年1月、桜の開花を待たずしてフェヤーモントホテルは
半世紀にわたる歴史の幕を閉じた。

桜に集い、桜を愛でる場所は、静かに消えて行った。
その跡地には、超のつく高級マンションが建った。
土地も、そして眺めまでもが売り払われてしまった。
散る桜にしかこのホテルを思い出せないのは、それ故だろうか。

かつて、このホテルで花見をしていた得意先の役員が、酔い、浮かれて
大音声を発し、ホテルの従業員に強くたしなめられたことがあった。
それほどまでに、桜は人の心を浮き立たせる。


東京はそろそろであろうか。

そして、あと1カ月、

東北の野に山に、咲け、さくら。



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プロフィール

テッペン爺

Author:テッペン爺
昭和22年(1947年)
京都に生まれ、
芦屋に育ち、大阪を経て
現在は芦屋に在住。
身長178㎝ 体重75㎏
販促企画のプランナーとして
適度に活躍(?)して33年。
現在に至る。

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