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車「大樹に蚊とんぼ―日本の世界的自動車メーカーに喧嘩を売るの図」

〈言ってはイケないのかシリーズ その1〉


トヨタ車はイイ車なのか?

このメーカーが高級車と称する車種は、ただただ静かで、ステアリングへの
インフォメーションがほとんど無く、車がどっちを向いて、どういう状態で
走っているのか、よくわからない。
このことの危険性が、このメーカーにはどうしてもわからないようだ。
社用に使っているプリウスは、濡れた路面で簡単にタイヤが空転する。
制御プログラムのセッティングの煮詰めが甘いのだと思う。
総じて国産車はブレーキが甘く、急ブレーキでヌケが起き、追突の
可能性が高くなる。

車の第一義は、
安全性(ボディ、動力、サス、制御のパッケージング)と・・デザイン! 
3,4が無くて5番目くらいが快適性だ。命有ってのモノダネでしょ。
「カップホルダーがたくさんあって、シートの色がかわいくて~」
てな客はアホだ。
ただし、車なんてゲタだ!ちゃんと走ればそれでいいという方には、
トヨタ車は絶対お奨めです。故障は少ないし、リセールバリューも
圧倒的に高いので。

外観デザインのお粗末さ、これはもう、目を覆うばかりで、
改めて言うまでも無い。
だから、車は自分の感性を体現するものだ、と考えてトヨタ車に
乗っている人はチトやばい。
CAR雑誌はわかっていながら当然書かない。
大手メーカーの広告出稿ゼロではやって行けないからだ。

デザインと言えば、悪貨は良貨を駆逐する。
悪い病が伝染したようで、ベンツ、BMWのデザインがかなり
エグくなって来ている。サイドのグラフィックを見れば一目瞭然。
FRなのに、なんでこんなにプロポーションが悪くなるのだろう。
BMWのチーフデザイナーが日本人だと聞いた記憶があるが、
これは未確認。
アウディのワッペングリルもかなり意味不明デザインだったが、
この頃少しこなれてきたかも。

日本メーカー希望の星はスズキだ。
会長がイイ。
あんな歳になっても居座って(?)、しかも先頭を切って、
スイフトやスプラッシュなど安くて良い車を世に出してくれる。
こういう圧倒感をマスコミはほとんど取り上げない。
(ヴィッツやマーチ買っちゃった人はお気の毒です)
さらに、なんと、VWがすり寄って来て、提携までしてしまった。
(スプラッシュはヨーロッパではオペルブランドなんだけれど)
そして、もう何年もインドというとんでもないマーケットで
トップシェアを誇っている。
車も良いし、事業戦略も明解で実に痛快だ。
もうひとつの希望の星だったスバルはトヨタ傘下に入って
しまったので、
これからのスズキに期待大です。

う~ん、これだけ書くと、トヨタはもとよりトヨタ車ユーザーまでも
敵にまわしてしまったな。

最後に、エクスキューズでは無いけれど、
トヨタ車に乗っているみなさん、ほんの数日でいいから(試乗ではダメ)、
最近のドイツ、フランス車、又はスイフト、スプラッシュに
乗ってみてください。
車はこんなふうに、「真っすぐ走れ」「ちゃんと曲がれ」
「ちゃんと停まれ」「楽しく疾しれる」ものだということが
よ~くわかりますから。


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車「紀州路を、ひねもすのたり乗ったりカローラ」

今から30数年前、20代後半の頃。
ガソリンスタンドのサインポールやキャノピー看板、
POSの設置やメンテナンスを行う会社の営業をしていた。
といっても、けっこう現場仕事なのだ、これが。

発注主は、出光や昭和シェルなどの大手石油元売り会社。
私は当時、共同石油の担当で、主に兵庫県、和歌山県の
ガソリンスタンドを担当していた。
車で現地に出かけ、新規設置や補修についての調査、検討が
主な仕事で、営業活動などほとんど必要の無い営業であった。

ただし、たった2県ではあるが、道路あるところ、GSあり。
その軒数はかなりのもので、高速道路も今ほど整備されていない中
岡山や三重の県境にあるGSまでの距離、所要時間は大変な
ものであった。

そんな、ある日の私の一日。
目的のGSは和歌山県の新宮と勝浦にあり、片道約200キロ。
車は、7年落ち、11万円也で購入した初代カローラ。
私にとって、初のマイカーであった。
朝7時、チョークをちょいとばかり引いて、しばし暖機運転。
泉北ニュータウンの我が家を出発する。

RIMG0449_convert_20110516105038.jpg
●このエクステリアデザインは今もって秀逸。この後、現在に至るまで、トヨタ車に
 このような普遍性を持った車は見受けられない。


阪和自動車道も湯浅自動車道も無い時代。
岸和田の水間、和歌山の根来あたり、山間部の集落を抜け
岩出を通り、和歌山市の紀ノ川河口あたりから、国道42号線に
入る。

実は、会社からは営業車として、新型のカローラをあてがわれて
いたのだが、なぜか、和歌山方面に出かける時は、愛車で行くことが
多かった。
初代カローラのトランスミッションはマニュアルで、床から
長いパイプが直立し、ピンポン玉のような握りがついていた。
まるでバスだが、この変速操作はけっこうラクちんで、楽しい。
こんなこととも相まって、太平洋を右に、左に見ながら、
紀伊半島沿いの42号線をトコトコ走ることが心地良かったからかも
知れない。

この道はまた、深夜から早朝にかけて、京阪神の釣り人たちの通い道
でもあった。
睡魔と闘いながらポイントをめざす釣り人たちの前に立ちはだかるのが
日置川の直角カーブだ。
釣り人の交通事故が後を絶たず、この道は長らく、42号=死に号線と
言われていた。
話としては面白いかもしれないが、私がこの話をカミさんにしたのは、
転職してずいぶん経ってからのことである。
携帯電話など無い時代、安否を確認する術も無く家で待つ彼女に、
不安のタネを蒔くわけにはいかないからだ。

走ることおよそ5時間、正午過ぎに無事、新宮に到着。
トコトコと言いつつ、老カローラはけっこう良く疾走(はし)る。

現場では、施工図面と実際の状況を確認しながら、
POS工事の段取りを考えていくのだが、
ここでの滞在時間はほんの1時間。
このために、片道5時間を費やしてやって来たのだ。

そして、もと来た道を、今度は太平洋を左に見ながら、
我が家をめざす。

遅い昼食を摂るために、周参見の海岸沿いの道端に車を停める。
ドアを開け放ち、助手席に横座りして、カミさんが作ってくれた
弁当をひろげる。
目の前に広がるのは、さえぎるものとて無い太平洋。
梅雨間近の日差しは、晴れてはいてもとてもやわらかだ。
それを鈍く映し出した穏やかな海面は、粘性を帯びた如く
ぬらりとした表情をみせている。
30前の男の頭を、「のどか」という古風でシブい言葉がよぎった。
にぎり飯をほおばると、妻や幼い娘たちの顔が浮かんだ。

「老カローラ」と「晩春の海」がくれた、忘れ難い思い出の日。
― 紀州路を、ひねもすのたり乗ったりカローラ



プロフィール

テッペン爺

Author:テッペン爺
昭和22年(1947年)
京都に生まれ、
芦屋に育ち、大阪を経て
現在は芦屋に在住。
身長178㎝ 体重75㎏
販促企画のプランナーとして
適度に活躍(?)して33年。
現在に至る。

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