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都市「ニューヨークお散歩」

50年くらい前に「ワシントン広場の夜はふけて」という曲があって、
本国のアメリカはもちろん、日本でも大ヒットした。
その20年後の1985年、当時のワシントン広場は、ヤクの売人と
それを求める客(金の無い学生達)の溜まり場と化していた。
私の滞在していたホテルは、その向かい側にあって、その名も
「ワシントンスクゥエアHOTEL」ってそのまんま。
で、フロントカウンターには鉄格子がはめてあった。
この界隈の治安状況が偲ばれる光景である。
ある日フロントで「部屋の鍵をちょうだい」とスタッフに言ったら、
飛び出しナイフを鐵格子ごしに突きつけられた。
もちろん冗談ではあるが、さらに治安状況が偲ばれる光景である。

ま、こんな奴は放っておいて、ちょいとお散歩。
もうすぐ12月なのにいい陽気だ。
インディアンサマーだね、これは。
ワシントン広場からまっすぐに伸びている道は、5番街へ続く道だ。
私は途中の33W(ウェスト)で左に曲がり、世話になっているスタジオの前を
通り、駐車場の管理をしている黒人のジイさまにひと声かけ、
そのままハドソン川に突き当たる。
そこを右に曲がって川沿いにしばらく歩き、ピア89(桟橋)に近づくと、
堤防の向こうに巨大な航空母艦が見えてくる。
じゃ~ん!これぞ『イントレピッド海上航空宇宙博物館』
ここが本日の散歩の目的地。
アメリカ海軍に就役していた航空母艦「イントレピッド」を利用した
浮かぶ航空博物館だ。

■ピア89の『イントレピッド海上航空宇宙博物館』
NY空母岸壁縮小

この頃の飛行甲板上の展示機はいたって真っ当で、F-14トムキャットや
S-2トラッカー、バートルCH-46ヘリコプターなど、アメリカ海軍の艦載機が
ズラリと並べられていた。
航空ファンにはたまらない機体が、見放題、さわり放題。

■85年の飛行甲板は米海軍機が中心
NY空母甲板85縮小
■90年の飛行甲板はしっちゃかめっちゃか
NY空母甲板90縮小

ところが、5年後に訪れたら、マッハ3で2万5千mの高空を飛んだスパイ機
SR-71や旧ソ連のMIG21戦闘機など、およそ航空母艦には不似合いな航空機も
並べられ、飛行甲板は大混雑。
なんかコンセプトがずれだしたような気が・・・

■戦略偵察機SR-71
NY空母SR71縮小
■旧ソ連 MIG-21戦闘機
NY空母MIG21縮小

2006年、改修のためハドソン川をドックへと曳航された「イントレピッド」は
その途中、暗礁に乗り上げてしまった。
改修工事は文字通り・・・・ま、いいか。
2008年、改修を終えた「イントレピッド」は再びピア89に
係留された。
映画「アイ・アム・レジェンド」では、この飛行甲板から
ウィル・スミスが、無人となったマンハッタンに向けて見事な
ドライバーショットを放っている。

ここから、ハドソン川を北に遡ったその対岸には日本のスーパー
「ヤオハン」があった。
当時、日本の食品だけを扱うこんなに大きなスーパーは
マンハッタンには無かった。
フードコートには、たこ焼き、お好み焼き、そば、うどんまであったし
日本酒や焼酎の品揃えも相当なものだった。
後年、NYで、ある心理療法士の方にこんな話を聞いた。
日本企業の駐在員の家族には、言葉や住環境の問題で心くじける人が
少なからずいらっしゃる。今なおそうだと思うけど。
彼がそんな人たちの治療場所として連れていったところが「ヤオハン」
だった。
日本語で書かれたPOPがたなびき、日本語が飛び交う、まさに日本の
スーパーそのもの。
想いが募るばかりと思いきや、そこは優れた治療効果を発揮する、
貴重な「お散歩コース」であったそうだ。






太陽光発電
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都市「ニューヨークの番人達」

1985年、初めてアメリカに行った頃のニューヨークの治安はかなり悪かった。
ハーレムはもちろんのこと、タイムズスクゥエアから42丁目にかけては
ポルノショップが軒を連ねる、NYを代表する危険地帯であった。
ここには、ポート・オーソリティーバスターミナルもあり、中・長距離バスを
利用する時は嫌でも通らねばならないし、ターミナルそのものもデンジャラスで
あった。

21:00PM
ある夜、このターミナルからホテルへ帰ろうと通りを歩いていると、前方から
男女二人の制服警官が「POLICE!」と叫びながら走ってきた。
通りを歩く大勢の人たちの頭一つ抜けたところで、2梃のリボルバーが揺れていた。
警官は肩口のところで銃口を上向きにして構え、指をトリガーガードにあてた状態で
私の横を駆け抜けて行った。
人ごみの中を追跡するための最小限の配慮だ。

15:00PM
多くのビジネスマンが行き交う真昼の5番街。
銀行の前を通ると、クロームメッキされた銀ピカの大型拳銃を両手に持った大男が、
入口に仁王立ちしている。
BRINKSのセキュリティスタッフで、現金輸送車への積み込を安全に行うための
示威行動だ。

7:00AM
喧騒にまみれた街というイメージが強いが、大通りから二筋、三筋入ると
結構のんびりしていて、静かな佇まいがある。
NY名物とも言える騎馬警官と街の人々とのコミュニケーション。
このオジイさんは毎朝、人参を持ってやって来る。
NY騎馬警官縮小1

NY騎馬警官縮小2

14:00PM
タイムズスクゥエアのこの角は制服警官たちの溜まり場だ。
パトカーにはとびきりの金髪美女警官が乗っていた。
とはいえ、男であれ、美女であれ、オカメであれ、NYの治安を守る責務は
彼らに等しく負わされている。
NYパトカー縮小

19:00PM
チャイナタウンのとあるレストラン。
私たちのテーブルから2つばかり向こうの席で、客と店のスタッフが対峙している。
その二人の間に、腕組みした、赤ら顔の大柄な男が仁王立ちしているのは、
典型的なアイルランド系の警察官だ。
NYの警察官や消防士はアイルランド系が多い。
アメリカへの移民が遅く、命懸けの職業しか残っていなかったからと言われるが、
頑健さと気性の荒さ故かも知れない。
しかし、この場を仕切ろうとしている彼は、ものすごく忍耐強いように思えた。
双方の言い分を分け隔てなく聴いている。
客「この味はおかしい、この料理にお金は払えない」
店「そう言うけどあなた、半分近く食べてるじゃないですか」
客「だからこそ、わかったんじゃないか」
双方ともに大声を出している訳ではないが、共に譲らない。
アメリカ社会の良いところは、客であれ店であれ、堂々と意見を言えるところだ。
日本では、こうはいくまい。
私の連れがボソリといった。「気の毒に、一皿3ドルの闘いに付き合わされている」
拳銃(おそらく2梃所持)、警棒、無線機、手錠、予備弾倉、フル装備の大男が、
街の小さな諍いを鎮めようとしている。
これも、NYPD(ニューヨーク市警)の大切な大仕事なのだ。

1990年代、当時のジュリアーノ市長の強引とも思える治安改善策が功を奏し、
ニューヨークの治安はとても良くなった。
42丁目は、ディズニーストアなどが軒を連ね、若者や家族で楽しめるエリアに
変貌している。
バス・オーソリティも、とても明るく安全なターミナルとして機能している。
ハーレムだって今やおしゃれなショッピングエリアだ。

とはいえ、
多民族国家、銃社会ということもあって、東京などに比べればはるかに治安は悪いが、
それでも警官たちの態度は、街のチンピラや揉め事に対してとても毅然としている。
逆に日本、特に都会の警官たちは、妙にグニャグニャした対応で頼りないこと
極まりない。
そのうち、「こちら駐車違反になりま~す。反則金は15000円からで
よろしかったでしょうか~」てなこと言い出すな、きっと。



■制服警官といえばジャミングのリスク回避のため
自動拳銃ではなく回転式のリボルバーを持つことが
多かった。(日本の警察官もほぼ回転式を所持)
現在では、ニューヨーク市警の場合、多くの警官が
このグロック19を所持している。プラスチック部品
を多用していることで知られる。
オーストリアのグロック社製。


プロフィール

テッペン爺

Author:テッペン爺
昭和22年(1947年)
京都に生まれ、
芦屋に育ち、大阪を経て
現在は芦屋に在住。
身長178㎝ 体重75㎏
販促企画のプランナーとして
適度に活躍(?)して33年。
現在に至る。

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